★ 星祭り 〜千の祈り 煌星の夜〜 ★
<オープニング>

「ナオキ。『タナバタ』をしてちょうだい」

 銀幕市内がレヴィアタン討伐作戦の準備に騒然となる中。
 対策課を訪れた少女型アンドロイドのゲルダが、開口一番こぼしたのがその言葉だった。
「タナバ……? ああ、『七夕』ですか」
 いぶかる植村に、「これ」と言って一通の手紙を押し付ける。
 もう一方の手には、色とりどりの折り鶴を抱え持っている。
「『センバヅル』が届いたの」
 口調も表情も淡々としているが、別に怒っているわけではない。
 ゲルダは単に愛想が悪いのだ。
 植村はそのそぶりを特に気にする風でなく、渡された手紙の差出人に目を通し、ややあって話題の人物を思い出した。
「ああ。『名画座』の近くの、古風な日本家屋に住んでいた女性ですね」
 手紙の主は銀幕市に長年住んでいた老女で、最近の物騒な事件を受けて、先日市外へと転居していた。
 植村自身、市役所で馴染みのある女性だったため、その名を見るだけで懐かしさに襲われる。
「転居されたのが五月の末ごろですから、もう一ヶ月ですか。そういえばゲルダさんは、あの家の管理人をしているんでしたね」
 空き家となった家屋は老女からひとりの市民に託され、今では純和風のロケ地として映画の撮影などに活用されている。
 職を探していたゲルダはその家の管理人を勤めはじめ、老女とやり取りをしているらしい。
「『センバヅル』は『タナバタ』のために作られたから、あたしはそれをしなければならないわ」
 ゲルダ自身は個々の単語については良くわかっていないようだ。
 手紙によれば、その折鶴は銀幕市の悲しい事件の早期解決と、市民たちの無事を祈願したものだという。
 クチコミやインターネットで市外にいる銀幕市ファンに呼びかけ、七夕の日に合わせて千羽の鶴を募ったらしい。
「なるほど……」
 植村は読み終えた手紙をゲルダに返すと、にっこりと微笑んだ。
「わかりました。こんな時だからこそ、心の安らぐひとときは必要ですよね。それに届いた千羽鶴を見れば、きっと皆も励まされます」
 長く続いた事件に、やっと区切りがつくかもしれない。
 その糸口となるであろう作戦を控え、市民はどれほど不安に思っていることだろう。
 しかし、市外からこれだけたくさんの想いが届いたと知れば、それは少なからず彼らの気持ちを支える力となるはずだ。
「ひとにとって、『祈り』には大きな意味があるのね」
「そうですね……。千羽鶴は特に、目に見えない『想い』を束ね、目に見える形で強く伝えたいというものなんだと思います」
 ゲルダは携えていた千羽鶴をひとしきり眺めた後、はっきりと告げた。
「あたしも、鶴を折るわ」
 じっと植村を見返して続ける。
「千羽は難しいけれど、他にも折るひとがいれば、作戦の日に間に合うかもしれない」
 無愛想な少女アンドロイドの言葉に、植村が微笑む。
「わかりました。すぐに準備をはじめましょう」

種別名パーティシナリオ 管理番号627
クリエイター西尾遊戯(wzyd7536)
クリエイターコメント大きな作戦の前に、七夕のお祭りへお誘いにあがりました。
七月七日、七夕の日。
『名画座』に近い日本家屋のロケ地と近くの公園を貸しきり、
朝から夜までお祭りが開かれます。

当日参加を希望する方は、
下記の3つの行動の中から1つをお選びください。


【1】鶴を折る
 レヴィアタン討伐作戦の成功を祈り、鶴を折ります。
 短冊の代わりに、折り紙の裏に願い事を書くこともできます。
 作戦に関する願い事はこちらがお勧めです。

【2】短冊を書く
 短冊に願い事を書きます。
 短冊は用意された笹の好きな場所へ飾ることができます。
 作戦以外に関する願い事はこちらがお勧めです。

【3】公園で祭りを楽しむ
 すぐ近くの公園では出店が開かれています。
 願い事はさておいて、お祭りを楽しみたい方はこちらがお勧めです。
 その他の行動についても、こちらでどうぞ。


複数の行動を選択した場合は描写量が減る場合がありますので、
1つの行動に絞ったプレイングがお勧めです。
同行者がいる場合は、
同行する方のフルネームとキャラクターIDの記載をお願いします。

なお、NPCのゲルダ(catc2422)は当日鶴を折っています。
御用の方はプレイングにてお声掛けください。

それでは、みなさまのご参加をお待ちしております。



※誠に申し訳ありませんが、お届けは七月七日以降になります。
 あらかじめご了承ください。

参加者
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
桑島 平(ceea6332) エキストラ 男 46歳 刑事
レイド(cafu8089) ムービースター 男 35歳 悪魔
ルシファ(cuhh9000) ムービースター 女 16歳 天使
柝乃守 泉(czdn1426) ムービースター 女 20歳 異界の迷い人
八重樫 聖稀(cwvf4721) ムービーファン 男 16歳 高校生
ゆき(chyc9476) ムービースター 女 8歳 座敷童子兼土地神
香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
藍玉(cdwy8209) ムービースター 女 14歳 清廉なる歌声の人魚
ガーウィン(cfhs3844) ムービースター 男 39歳 何でも屋
柚峰 咲菜(cdpm6050) ムービーファン 女 16歳 高校生
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
ハンス・ヨーゼフ(cfbv3551) ムービースター 男 22歳 ヴァンパイアハンター
チェスター・シェフィールド(cdhp3993) ムービースター 男 14歳 魔物狩り
サンクトゥス(cved7117) ムービースター 男 27歳 ユニコーン
ルウ(cana7787) ムービースター 男 7歳 貧しい村の子供
ケト(cwzh4777) ムービースター 男 13歳 翼石の民
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
ランドルフ・トラウト(cnyy5505) ムービースター 男 33歳 食人鬼
ゲンロク(cpyv1164) ムービースター 男 55歳 ラッパー農家
三月 薺(cuhu9939) ムービーファン 女 18歳 専門学校生
小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
沢渡 ラクシュミ(cuxe9258) ムービーファン 女 16歳 高校生
ギリアム・フーパー(cywr8330) ムービーファン 男 36歳 俳優
風轟(cwbm4459) ムービースター 男 67歳 大天狗
神龍 命(czrs6525) ムービーファン 女 17歳 見世物小屋・武術使い
アルヴェス(cnyz2359) ムービースター 男 6歳 見世物小屋・水操士
成瀬 沙紀(crsd9518) エキストラ 女 7歳 小学生
セバスチャン・スワンボート(cbdt8253) ムービースター 男 30歳 ひよっこ歴史学者
朝霞 須美(cnaf4048) ムービーファン 女 17歳 学生
冬野 真白(ctyr5753) ムービーファン 女 16歳 高校生
黒瀬 一夜(cahm8754) ムービーファン 男 21歳 大学生
ベル(ctfn3642) ムービースター 男 13歳 キメラの魔女狩り
冬野 那海(cxwf7255) エキストラ 男 21歳 大学生
吾妻 宗主(cvsn1152) ムービーファン 男 28歳 美大生
フェイファー(cvfh3567) ムービースター 男 28歳 天使
サエキ(cyas7129) エキストラ 男 21歳 映研所属の理系大学生
ロゼッタ・レモンバーム(cacd4274) ムービースター その他 25歳 魔術師
樋口 智一(cdrf9202) ムービーファン 男 18歳 フリーター
来栖 香介(cvrz6094) ムービーファン 男 21歳 音楽家
エリック・レンツ(ctet6444) ムービーファン 女 24歳 music junkie
レオ・ガレジスタ(cbfb6014) ムービースター 男 23歳 機械整備士
レモン(catc9428) ムービースター 女 10歳 聖なるうさぎ(自称)
ツィー・ラン(cnmb3625) ムービースター 男 21歳 森の民
須哉 逢柝(ctuy7199) ムービーファン 女 17歳 高校生
須哉 久巳(cfty8877) エキストラ 女 36歳 師範
浅間 縁(czdc6711) ムービーファン 女 18歳 高校生
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
鳳翔 優姫(czpr2183) ムービースター 女 17歳 学生・・・?/魔導師
レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
トト(cbax8839) ムービースター その他 12歳 金魚使い
七海 遥(crvy7296) ムービーファン 女 16歳 高校生
エンリオウ・イーブンシェン(cuma6030) ムービースター 男 28歳 魔法騎士
赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
<ノベル>

●朝〜昼 : 縁側に 七夕紙と 硯かな

 七月七日、快晴。
 レヴィアタン討伐作戦を目前に控えたこの日、銀幕市のダウンタウン南にて、ささやかな祭が催されていた。
 会場のひとつとなる日本家屋では、次の作戦の成功を祈願するため、千羽鶴を折る部屋が用意されている。
 古びた座卓の前にはいくつもの座布団が用意され、思い思いに鶴を折ることができる。
 その隣の間では短冊を書くスペースもあり、書き上げた短冊は庭に用意された笹に自由に飾り付けることができようになっていた。


 朝一番に会場を訪れたギリアム・フーパーは、家屋の居間に飾られた市外からの贈り物――千羽鶴に目を細めていた。
 スタッフとして祭に参加していたゲルダに声をかけると、家屋の管理の礼と労いの言葉を贈る。
 空き家となった家屋を老女から託され、ロケ地として運用している市民とは他ならぬギリアムのことだ。
 市外を離れたとはいえ、縁のあった老女を忘れたことはない。
 彼は今回の祭りにも惜しみない支援をしており、その開催に義務感を抱いていたのだった。
 ギリアムとともに祭を訪れていた小日向悟は、第一作戦へ赴く友人が無事で戻るようにと折り紙の裏に綴った。
 不思議な懐かしさと親近感を持つ、その友人のイメージカラーは『青』だ。
 悟は気づかぬうちに青系の色紙を手にすると、黙々と作業に取りかかる。
 きっと大丈夫。
 何度自分自身に言い聞かせても、その無事を祈らずにはいられない。
 ふと隣を見やると、ギリアムが一羽目の鶴を折り終えたところだった。
「よし、できた。……が。どこかおかしいな……」
 悟と同じく友人の加護を祈って折っていた鶴だが、その姿はどことなく不格好だ。
「顔は良くても、手は不器用なのね」
 容赦のないゲルダの言葉に、悟がとりなすよう折り方を指南する。
「ギルさんなら、すぐに上手く折れるようになりますよ」
 悟は笑みを交わしながら、自身も鶴を折り続けた。
 山となった青い鶴をゲルダに預け、二人はこのまま出店へ行くという。
 人の入りはこれから午後にかけて増えるだろう。
 同行しないかという誘いに感謝を述べると、ゲルダは手が空いたら公園へ向かうと告げ、作業に戻った。

 ギリアムの次に居間の千羽鶴を見上げたのはクラスメイトPだった。
 市外から届けられたその折り鶴を眺め、感動だよとつぶやく。
「街の外には出られないけど……千羽鶴のお礼の手紙、書いたら届くかな?」
 市外の人間と直接交流をするなど、これまで夢にも思わなかったことだ。
 手紙なら普通に投函すれば届くはずと告げるゲルダに、クラスメイトPは目を輝かせた。
 対策課のHPで、お礼を書き込んで貰えたらどんなにか素敵だろう。
 ふと『穴』の中の病院に少女がいたことを思いだし、一羽を彼女のために折ることに決める
 この街に希望の灯があるようにと願いながら、彼は気力の続く限り折ろうと、何枚もの折り紙を手元に寄せた。
 一人黙々と鶴を折り続けるクラスメイトPの隣に陣取ったのは、二階堂美樹だ。
 座卓前に座ったものの、何を書いたものかと首をひねる。
 しばらくの間唸っていたが、おもむろに短冊の間から墨と硯を借りてくると、力強く『 一 撃 必 殺 ! 』としたためる。
 達筆ぶりにうんうんと頷くと、彼女はしたり顔で鶴を折り始めた。
 美樹はアズマ研究所でムービーボムの生産、改良にも口出ししており、今回の掃討戦の切り札となるムービーボムの威力倍増を祈願しているらしかった。
 あまりの力強い祈願っぷりに、傍で様子を見守っていたクラスメイトPが口を開けて驚いていたことを、美樹は知るよしもない。

 新倉アオイは花見の思い出を胸に短冊に向かっていた。
 先に過ごした春の日の思い出は、彼女にとってかけがえのない大切な記憶だ。
 今度の戦いで誰一人欠けることがないよう、また次の季節も皆で穏やかな時間を過ごせるようにと願いを込める。
 同じころ、作戦を前に煮詰まっていた桑島平は何の気なしに祭を訪れていた。
 手渡された折り紙に、大切に思う人々を守ることができるようにと願いを綴る。
 思えば折り紙などほとんど手にした覚えがない。
 できあがった鶴は、案の定彼の納得のいくものではなかった。
 指南役を探して周囲を見渡すと、隣の間に見知った少女の顔が見える。
「おい、鶴の折り方って、どうすんだ?」
 アオイは短冊を飾ろうと立ち上がったところで、平に声をかけられた。
 折しもともに花見を過ごした相手からの誘いとあり、乞われるままに鶴の折り方を指南する。
 折りあがった鶴のチェックをしていると、机に伏せていたアオイの短冊を手に、平が縁側へと向かっていく。
「よっしゃー!! いっちゃん、高い所に奉ったるか」
「ちょっ、桑島のおじさん! マジ見ないでよ!?」
 完成した平の鶴をスタッフに預けると、アオイは慌てて彼の背を追った。

 祭の案内をしていると、ゲルダに声をかける者がある。
 誰かと振り返れば、かつて老女の引っ越しを手伝った天使の少女・ルシファだった。
 手紙の内容に何度かその名前が挙がっていたことを思い出し、ゲルダは問われるままに老女の近況を話して聞かせる。
 ぜひ鶴をとすすめると、ルシファとともに祭を訪れていた柚峰咲菜が喜んで折り紙を手にした。
「頑張ってたくさんの鶴さんを折ろうね」
 折り方を知らないというルシファに教えながら、ひとつひとつ一緒に折り進めていく。
 そばではバッキーの『のの』が、咲菜に倣って折り紙をいじっていた。
 「折る」というより「いじる」といった状態にとどまっていたが、そこはご愛敬といったところか。
 ルシファ、咲菜と共にやってきていたレイドは、その様子を微笑ましく見守っていた。
 守りたいと思える存在が多いことは、とても幸福なことだ。
 そして幸福を抱えるということは、幸福を維持するための苦労を背負うことと同義でもある。
 それでも、目の前の情景を見つめながら、この情景が続くようにとレイドは願ってやまない。
「レイドも一緒にやろー!」
 一羽目を完成させたルシファが、できあがった鶴を見せながらレイドの袖を引く。
 見ているばかりで、何か考え事をしていたのかと問うと、
「……こういうのも悪くないもんだな」
 つぶやいて微笑む。
 いぶかるルシファをよそに、レイドは咲菜に折り方を教えてくれと折り紙を手に取った。
 願い事は何にしたのかと問うレイドに、ルシファは皆の無事と帰還と笑顔を祈ったと胸を張って答える。
 「三つも挙げるなんて、ずいぶん欲張りなのね」と漏らしたゲルダの言葉に、一同はもっともな感想だと声をあげて笑った。

 賑やかな一行と入れ替わるように、シャノン・ヴォルムス、ハンス・ヨーゼフ、ルウが連れだって鶴を折りに訪れた。
 シャノンとハンスがルウを挟むように並んで座ると、ルウはペンを手に文字の書き方を教えて欲しいと乞うた。
 ハンスがそれに応え、一時一時丁寧に書き方を教えていく。
 綴られたつたない願いは、慕わしい者の帰還。
 書き終わったルウが満足げに折り紙を眺めれば、「ぱぱにはひみつ」と言わんばかりにハンスを見上げる。
 頷いたハンスにシャノンが手元をのぞき込もうとすれば、
「だめ」
 ルウは折り紙を胸に抱くように隠してしまった。
 どうしたことかとハンスを見やると、彼は素知らぬふうで鶴を折り始めている。
「ハンスは何を願ったんだ?」
「作戦の完遂。それ以外に何がある」
 問われたハンスはぶっきらぼうに応え、あんたも早く書けば良いとうながした。
 シャノンは肩をすくめると、こういうのは柄でもないと思いつつ、手元の折り紙に作戦の成功を祈願する。
 最初のひと折りを済ませたルウが、今度はシャノンに鶴の折り方を教えて欲しいとせがむ。
 シャノンは丁寧且つ優しく教えながら、一緒になって鶴を折った。
 ハンスは二人のやりとりを見守りながら、もう一枚の折り紙を手に取る。
 そこに父親の無事を祈ると、シャノンとルウには知られるまいと、隠すように手早く鶴を折り上げた。

 須哉久巳は家屋の前で立ち止まると、共に出たはずの弟子の姿がないことに気づいた。
 ともあれせっかく来たからには願い事をしようと、久巳は短冊を手にする。
 迷うことなく、魔法が解けても不肖の弟子から笑顔が消えることがないようにと願う。
 作戦について触れるつもりはなかった。
 彼女は銀幕市の住人に、全幅の信頼を寄せていたからだ。
 一方短冊の間には、ふわりと水球が浮かんでいた。
 中には蒼い魚が身をひるがえし、周囲の様子を伺うようにただよっている。
 藍玉が祭の様子を見にやってきたのだ。
 ひと気の少ない部屋の端で水球をバスタブ大にまで変化させると、黒く艶やかな髪をなびかせ人魚の姿を現す。
 手渡された短冊を手に取れば、自身の世界言語でこの世界の平和と存続を綴る。
 短冊を飾り付けようと縁側へ移動すれば、藍玉の涼やかな姿に見惚れた人々が声をかけてきた。
 つかの間の歓談を過ごした藍玉は、その礼とばかりに小夜曲を歌いあげる。
 繊細なその歌声は、マイクがなくとも十分にあたりに響き渡った。
 藍玉は乞われるままに、祈りを込めて何度も歌を繰り返した。
 自らもラップをたしなむゲンロクは、座卓の前にひょろりと長い体を折り曲げ、人魚の歌声に耳を澄ませていた。
 折り紙を手に取り、おもむろに指サックをはめる。
「それじゃ、さっそく折るとすっか」
 子どもの頃には良く折ったものだと思い返しながら、慣れた手つきで次々に鶴を折り上げていく。
 せっかくだから短冊もと手を伸ばし、野菜嫌いな人間が少しでも野菜に理解を示してくれればと願いをしたためる。
 短冊を笹に飾り付けた後は、自宅の畑からスイカを持ってくるつもりだ。
 朝から用意していたものが、そろそろ良い具合に冷えているだろう。
 道なりに聞こえる祭り囃子に身を揺らすと、ゲンロクは「チェケラ!」と口ずさみ、軽やかに去っていく。
 踊るゲンロクを見送り、日本家屋を見上げるのはエリック・レンツだ。
「ローラァ、七夕だぜ七夕ッ! 書いてこうぜぇ?」
 大きめのヘッドフォンを付け、大音量を流し続ける彼女には、祭り囃子も喧噪も聞こえたものではない。
 ずかずかと家屋に上がり込むと、自身とローラの分の短冊とペンを確保する。
 書き上がった短冊を手に通りすがりの背の高い人間を呼び止めると、「コレ高いトコ付けてくれコレ!」と声を上げる。
 飾り付ける際にちらりとのぞいた願い事は、バッキーとともに居られるようにと、漢字とカタカナの入り交じった、お世辞にも上手いとは言えないような字で綴られている。
 バッキーの短冊に至っては、ぐちゃぐちゃと線がのたくっており、何を書いたものか判別がつかない。
 謝辞を述べて去る彼女を見やり、まあこんな七夕もありかと男は笑って見送る。
 安堵したのもつかの間、肩をたたく者が居ると振り返れば、そこには満面の笑顔を浮かべる久巳の姿があった。
「あんた、あたしの短冊もてっぺんに飾ってくれるだろう?」
 と、妖艶な中にもどことなく凄みが感じられる笑顔で命じる。
 男の本能が、逆らうと命がないと警告を発していた。
 彼は「ハイッ、ただ今!」と景気良く返答するも、笹の先端はこの家屋の一階天井を超える高さがあることに気づいた。
 振り返ると、久巳はやはり笑顔で立っている。
「短冊の内容、見んじゃないよ」
「はいぃいいい!!」
 容赦のない追撃に男は半泣きになりながら、脚立はどこですかとゲルダに泣きついた。

 トトは縁側の騒ぎをよそにきちんと正座をすると、じっくりと短冊に向かっていた。
 居候している老人への想いをはじめ、この銀幕市に対する想いは尽きない。
 皆が今よりももっと仲良く暮らせるのなら、少しくらい大変なことが起こっても良いとは思う。
 けれど誰かが傷つくことや、悲しい事件が起こるのは耐えられない。
 トトはもうこれ以上悲しんだり、苦しんだりする者がないようにと祈ると、短冊に銀幕市の皆の幸福を綴る。
 筆を置き、改めて短冊を見つめ、「お願いごと、かなうといいな」とつぶやく。
 家屋を出た先では、赤城竜が深刻な顔で鶴や短冊を手にしていた者たちに声をかけていた。
 作戦前で緊張している者や、沈みがちな人間が居ると思ってきてみれば案の定だ。
「ほら、おっちゃんがおごってやるからよ! 皆が笑顔になりゃ、良い事も起こらぁ」
 静かな雰囲気は性に合わねぇし、何より賑やかなのが銀幕らしいだろと続ける。
 ちょうど家屋を出たトトが、その声の大きさに驚いて足を止めた。
 元気づけがてら一緒に出店でもどうだと誘いかけると、トトはその勢いに飲まれてつい頷いてしまった。
 竜はその様子に満面の笑みを浮かべると、「こういう時ぐらい、美味いもん食って祭りを楽しんで、大騒ぎしようぜ!」と、トトを伴って公園へ向かった。



●昼〜夕方 : 七夕や 先づ寄りあひて 踊り初め

 時刻は正午を周り、公園では物見やぐらの上で数人の鼓手が休憩をとっていた。
 今日は公園で、一日中太鼓の演奏が披露されているのだ。
 晴れの舞台とはいえ、朝から晩までの実演はさすがに体力の消耗が激しい。
 夜までは交代で打つかと相談しているところに、風轟が天狗姿で舞い降りる。
「祭りと言えばやはり太鼓じゃな! ワシの力強いバチ捌きを見せてやろう!」
 手慣らしにドドンと鳴らせば、公園を訪れていたひとびとが力強い振動に足を止める。
 見上げた子どもたちが天狗の姿に気づき、その勇ましさに歓声をあげた。
 この祭を過ごすことで、皆に少しでも元気になって欲しい。
 空気を経て伝わるこの振動がその一助となるよう、銀幕市のどこまでも響けと、風轟は力強くバチを振るった。

 物見やぐらの足下では、レモンがあちらこちらの出店を巡っていた。
 襟元や袖口に華やかなレースを添えたゴシック・ロリータ調の浴衣に身を包み、決戦前の英気を養うべく飛び回る。
 蜜柑飴やリンゴ飴を手に取っては、ステッキに使えそうねと値踏みする。
 特賞を狙って射的に挑めば、あまりの不甲斐なさに不正をも恐れぬ強硬手段に走った(これはもちろん、出店の主人に諫められた)。
 ヤキソバを見かけたなら、上品さは二の次の食欲でもりもりとかき込んでいく。
「戦う前に、気力で負けるわけにはいかないものね」
 得体の知れない異形に負ける気はしない。
 とにかく絶対に勝つのだという想いを胸に、レモンは次なる出店を求めてレースのすそをひるがえした。
 鳴り響く太鼓を歓迎したのは子どもたちだけではない。
「祭ってのは、こうでなくちゃな」
 ルークレイル・ブラックは酒瓶を片手に上機嫌で歩いていた。
 バカ騒ぎは好きではないが、辛気くさいのはもっとお断りだとばかりに、出店を冷やかして回る。
 海賊段の仲間を見かければ、逃げられないよう肩を組み、飲めとばかりに酒を浴びせかけた。
 来るべき掃討戦について、彼なりに思うところがないわけでもない。
 しかし今は祭の席だ。
 海賊は戦いの前には宴会騒ぎをするもんだと、捕まえた仲間に彼なりの景気づけを強いるのだった。

 チェスター・シェフィールドは、ケトと一緒に屋台を見て回っていた。
 祭の時分くらい討伐作戦から頭を切り換えたかったのだ。
 彼は映画の中では魔物狩りに参加していたため、こういった日常の風景からは切り離されて過ごしていた。
 しかし今日は違うのだ。
 自身には縁遠いと思っていた祭に、一人ではなく、気の合う友人と共に足を運んでいる。
 そのことが彼の心を弾ませ、内心嬉しく思っていた。
 チェスターの心情をよそに、七夕を知らないケトは見るものすべてが初めてだった。
 ゲームの屋台に興味を示したのはもちろんのこと、特に食べ物の出店では必ず足を止めた。
 そしてチェスターに向かって「あれ買ってくれ!」「これ買ってくれ!」とせがみ倒すのだ。
 大食らいのケトが食べる量は、とにかく凄まじい。
 チェスターは財布の中身と相談しながら、今日ばかりは無礼講と、共に祭のひとときを楽しむ。
「みんな無事だといいよなぁ」
 行き交う人々を眺め、ケトがなにげなく口にする。
 たくさんの笑顔を見ていると、これから戦いがあることなどまるで夢のように思えてくる。
 チェスターはそのつぶやきを聞かなかったふうを装い、振り返って口を開いた。
「ケト。ゲーセン、行こうぜ」
 半ば強制的ともとれる言い回しではあったが、断る理由は何もない。
 二人で居れば、何だって楽しい。
 それはチェスターにとってもケトにとっても、共通した同じ想いなのだ。

 願掛けは似合わないとばかりに師匠の目を離れて出店巡りをしていた須哉逢柝は、そこでレイドの姿を見つける。
 いつもの通りルシファと咲菜を連れて歩いているのでからかいに行くと、逆に切り替えされた。
 「『穴』への探索へ行ったとき、祈ってくれていただろう?」と。
 ディスペアーと戦っているときに聞こえた声。
 レイドはそれが、逢柝の祈りだと直感的に感じ取ったという。
「ぁあ!? 何言ってんだよ! 俺がそんなことするわけないだろ!」
 予想だにしなかった話を持ち込まれ、思わず『俺』と言ってしまったことに口元を押さえる。
 これでは「その通りです」と自ら白状しているようなものだ。
 しどろもどろになった逢柝はルシファと咲菜に誘われ、誤魔化すようにレイドに背を向け、歩き出した。

 この日のために用意した藍色の浴衣をまとい、ランドルフも祭を楽しんでいた。
 市外から贈られてきたという千羽鶴を前に、その感動を隠せずにいる。
「日本にはこんな素晴らしい伝統があるんですね」
 一羽を折ることさえ難しいと感じるだけに、千羽を折ることは並大抵のことではない。
 奥深い風習に深く感じ入ると、自身もひとつ鶴を折っていくことに決めた。
 青の折り紙を手に、他の人がどうやって折っているのかちょっと拝見しよう……と伺った先には、しわくちゃの鶴に悪戦苦闘する成瀬沙紀の姿があった。
 作戦当日、沙紀は両親と共に市外へ避難する事になっている。
 だからせめて今日だけは皆と一緒に祈りたいと、鶴を折る練習までしてきたのに、どれも思うように仕上がらない。
 苦手意識を持つ者がとる行動は、必然と似てしまうのだろうか。
 沙紀も他の者の手元をちらちらと覗き見ては、「どうやったらあんなふうに折れるのかしら」と、内心しきりに首をひねっていた。
「ここはねぇ、こうやって折るんだよ」
 二人の向かいに座っていたエンリオウ・イーブンシェンが、その様子に気づいて声をかける。
 手早く一羽折ってみせると、その美しい仕上がりに二人から賞賛の声が上がった。
「お兄さん、折り紙を折ったことがあるの?」
 幻想世界の住人といった風体のエンリオウが、難なく鶴を折ることが沙紀には不思議に思えたらしい。
 問われたエンリオウは下宿先の大家に習ったのだと告げ、裏に願い事も書けるからねぇと、ランドルフにペンを差し出す。
 ペンを手に少し思案すると、ランドルフは作戦に参加する皆の無事と、『穴』で出会った少女の発見を願った。
 屋台を見に行くというランドルフを、沙紀とエンリオウが手を振って見送る。
 文字も鶴の折り方も知らないツィー・ランは、ランドルフと沙紀に続くべく、エンリオウに指南を乞うため声をかけた。
 エンリオウの教え方はのんびりと急がない分わかりやすく、ツィーはすぐに必要な文字を覚え、折り方を身につけた。
 折り紙の裏には、家族や友人、仲間が大切に思う者たちが無事に戻るように。これ以上悲しみが増えないようにと願う。
 習ったばかりの字は上手く書けず、子どもの書くような拙いものになった。
 しかし鶴を折る才能には長けていたらしい。
 ツィーは頭の先から尾の先まで、シャープで美しいラインを持つ鶴を仕上げ、その器用さで座卓の賞賛を集めた。
 エンリオウは彼らが順々に鶴を折りあげるのを見守ると、老女から届けられた千羽鶴を見やり、微笑んだ。

 帰途のさなか、公園で祭をやっていると知った流鏑馬明日は、パルと共に出店を眺めていたところでランドルフに声をかけられた。
 別の会場となる日本家屋でもイベントが行われていると聞き、短冊を書きに行くことにする。
「そういえば……去年も、短冊にお願いしたわね……」
 明日は過ぎ去った日を思い返しながら筆を手に取ると、皆が幸せであるようにと綴った。
 見れば筆をくわえたパルが、明日を見上げている。
 明日は微笑み、もう一枚の短冊にはパルと自分が少しでも長く共に過ごせるようにと書いて見せた。
 短冊をのぞき込んだパルは納得したように頷くと、前足に墨を塗り、ぽんっと足跡を付ける。

「私と、一緒に作戦に参加する学校の友達と、市外に避難した友達で一個ずつ折った鶴なんだけど」
 明るい声でゲルダに告げたのは、四羽の鶴を持ってきた浅間縁だ。
 緑、黄、ピンク、青の折鶴には、折り手の願いを込めて各鶴に一文字づつ「作」「戦」「成」「功」と書かれているらしい。
 ゲルダは持ち込みも歓迎している旨を告げると、感謝の意と共に鶴を受け取った。
 縁は面白いアイデアでしょと言うや否や、「あっ。それ順番違うし! 縁起悪ッ!」と慌てて鶴の順番を並べ替える。
 にぎやかなことこの上ない様子に、ゲルダはどう対応したものかと眼をしばたかせる。
「明日、それに縁も。二人とも来てたのね」
 賑やかな様子に声をかけたのは、リカ・ヴォリンスカヤだ。
 紺の下地に白の大輪を散らした艶やかな浴衣を着付け、祭を楽しんでいる様子だ。
 短冊を飾り付けた明日と、縁を誘い、一緒になって鶴を折ろうと提案する。
 気心の知れた女子がそろえば、自然と会話が弾むもの。
 明日は二人の近況を訪ね、縁は先にのぞいてきた出店の様子を詳しく語って聞かせる。
 リカは相づちを打ちながら鶴を折り、また一緒にケーキパーティでもやりましょうと微笑む。
 三者は逼迫していた連日の作戦会議を忘れ、つかの間の午後を楽しんだ。

 慌ただしいひとの出入りを見守っていると、そこにゲルダの知った顔を見つける。
 「ゲルダちゃん、久しぶり!」「ゲルダさんお久しぶりです♪」
 そろって声をかけてきたのは、沢渡ラクシュミと七海遥。
 どちらも昨年の夏、ゲルダとともに夏祭りに出かけた少女たちだ。
 二人はゲルダのそばに陣取ると、昨年の思い出とともに他愛ないおしゃべりを始める。
 同居人に作戦行きを止められたラクシュミは、次の作戦には参加しないという。
 討伐の手伝いには加われないが、何もしないわけにはいかないという気持ちでここを訪れたらしい。
「みんなが暗いからって一緒に暗くなってたら、ネガティヴの思うつぼよ!」
 悪いこともあったが、同じように良いこともたくさんあったのだ。
 何よりも銀幕市が好きだからと、ラクシュミは指先の作業に集中する。
 遥は頑張れば千羽なんてすぐですよと励まし、すべてが終わった後には、皆が笑顔で祝賀会に参加できるよう願いを綴る。
「平和を願って、一折一折、夢と希望と心を込めて折りますね!」
 千羽鶴に込められた想いが皆の幸せを護るよう、少女は切実な想いを込め、次々に鶴を完成させていく。
「ラクシュミ、ハルカ。また会えて嬉しいわ」
 鶴を折るのに熱中していた二人は、ふいに耳に入ってきた言葉に耳を疑った。
 無愛想きわまりないこのアンドロイドが、「嬉しい」などと言うことがかつてあっただろうか。
 溜まった鶴を片付けてくると席を立つゲルダに、二人の少女は顔を見合わせ笑いあった。

 短冊を前に、ガーウィンは何を優先的に祈るべきかで悩んでいた。
 実体化していない娘が健やかであるように祈ろうと思っていたが、果たしてそれは、今の銀幕市を前に祈るべきことなのだろうか。
 街の事態を思えば、そちらを優先するべきではないのか。
 同じように短冊を書きに訪れていた八重樫聖稀は、迷うことなく皆の笑顔が絶えないようにと書き記した。
 傍らで手を止めるガーウィンを見、何を書こうとしているのかと問いかける。
「まさきちには関係ねぇよ」
 と、あしらわれれば、聖稀も詮索をするつもりはなく、
「おっさんの願い事なんて興味ないし」
 軽口をたたいて口ごもる。
 ガーウィンはそんな聖稀を見やりぽんと頭に手を置くと、その手で短冊に願いを綴った。
 過ぎていくこの楽しい時間も、ガーウィンにとってはかけがえのないものなのだ。
 短冊の端には、娘への願いも書いておいた。
 ついでのようになるが、それでもやはりどちらも譲れない願いなのだと胸中で娘に詫びる。
 書き上げた短冊を手に、ガーウィンと聖稀は真ん中より高めの場所を選んで飾り付けた。
 聖稀は満面の笑みでそれを見やると、縁側で待っていたバッキーのぱんたと、プラチナ、大福、ぼた餅を順繰りに撫でる。
 同じころ、柝乃守泉とサンクトゥスは、座卓の前で鶴の作成にいそしんでいた。
 泉は作戦に参加する者への祈りを。
 サンクトゥスは泉に倣い、作戦の成功を祈る。
 願い事を書き上げたは良いものの、『折り紙』という風習をサンクトゥスは知らない。
「この次はどうするんだ……?」
「サーク。次はこっちを折って」
 たどたどしい手つきで紙を折るサンクトゥスに、泉が丁寧に指導していく。
 なんとか一羽折り上げると、短冊を書き終えたガーウィンが顔を出した。
 座卓の上に置かれた鶴は誰が折ったものかと問えば、答えを聞く前に不恰好な鶴だと腹を抱えて笑い出す。
 泉の手元にはすでにいくつかの鶴が完成しており、そのどれもが美しくぴんと尾羽を伸ばしている。
 サンクトゥスは眉間にしわを寄せると、周囲にひとが居ることを忘れてガーウィンを蹴り飛ばした。
 自身の鶴を笑われたばかりか、泉との二人きりの時間を邪魔されたのだ。
 これくらいで済んだだけマシだと思って欲しいところだ。
 サンクトゥスは縁側まで転がり落ちたガーウィンを見送って腰を下ろすと、次の折り紙には、泉を不安にさせる者たちがさっさと消えてなくなるようにと書き、折り始めた。

 香玖耶・アリシエートはイベントに参加することなく、ただ祭の様子を見守っていた。
 公園で出店を巡る者、家屋で鶴と短冊作りにいそしむ者。
 ひとの姿は絶えることなく、常に騒がしく流れていく。
 公園からは日本家屋の庭に飾られた笹が良く見えた。
 感覚を研ぎ澄ませると、笹に込められた強い思いがはっきりと感じ取ることができる。
「この想いはずっと残り、やがて銀幕市を護る優しい精霊になるのでしょうね……」
 第3部隊に参加する香玖耶は、数日後にはこの街で戦闘に参加する身だ。
 この優しい想いと風景を護りたい。
 鶴や短冊など形にせずとも、祈る気持ちは彼女の心に強く抱かれている。
 香玖耶は風に揺れる笹の葉を見て微笑むと、行き交う喧噪に姿を消した。



●夕方〜夜 : 天上の 恋をうらやみ 星祭

 夕暮れ時を過ぎ夜闇が訪れるころには、出店を訪れるひとの姿はさらに増していく。

 吾妻宗主、フェイファー、朝霞須美、冬野真白は、連れだって出店を検分しているところだった。
 宗主は深い藍色の地に七宝と龍紋をあしらった浴衣を涼やかに着こなし、弟から贈られた蝶の髪留めを添え普段着とは違った様相だ。
 フェイファーは黒地に白の豹柄を大胆に配した浴衣で、片手に持った団扇をあおぎながら、数ある出店を制覇するべく先頭を歩いていく。
 須美はノースリーブの白いワンピースをまとい、艶やかな黒の髪は纏め上げてバレッタで止めている。
 白と黒の対比は色白の肌をさらに透き通るように見せ、祭りの夜に良く映えた。
 真白は薄桃に桜の散る浴衣で、濃色と淡色の帯を二本使いでアクセントにした、華やかで可愛らしい装となっている。
 カラコロと下駄を鳴らして練り歩く四人の姿に、出店を行く人々が振り返る。
「なんだか、ドラマの主人公にでもなっちゃったみたいだよね」
 美男子二人に浮かれる真白に、須美は「そうかしら」と呆れ混じりにそっけなく返した。

 楽しげな雰囲気に惹かれて、ふらふらと夜祭に繰り出したのは黒瀬一夜だ。
 提灯の明かりに惹かれるように歩いていると、妹の後を追っていた冬野那海の姿が目に入った。
 思いがけない天敵の登場に、二人はにらみ合ったまま同じ方向へ突き進んでいく。
 その時だ。
 ふと道行くひとがざわめいたかと思えば、華麗なる美青年と共に歩く二人の少女の姿が目に入った。
 ひとりは、那海の妹である真白その人である。
 なんと最愛の妹は着物姿の美青年のそばで、飴やたこ焼きを手に楽しそうに笑っているではないか。
 那海の衝撃はどれほどのものだったろうか。
「くろいち、どけッ!」
 一夜に一撃を喰らわせると、スプリンターも顔負けのスタートダッシュで妹の姿を追って走っていった。
 その頃。
 サエキは「……金魚すくいは芸術だ」の名台詞で、道行く観客を沸かせていた。
 一流を研究した末に編み出したという、フィギアスケートのごとき華麗なポーズを次々に披露し、乏しい表情はそのままに水槽の金魚を一掃していく。
 今日はこれで勘弁してくれと泣きつく店主を、名作「金色夜叉」の要領でやはり無表情に蹴り払うと、大量の金魚を手に、視界の端で殴り合いを始めた若者二人を呼び止める。
 一夜と那海である。
 殴り合いながらも妹自慢の真っ最中であった両名は、サエキの声かけを一度聞き流し、少しして拳をおろした。
 両名プライドをかけた喧嘩の最中だ。
 ついでを言えば、喧嘩をしながら真白を追いかけている途中でもあった。
 いったい何の用かと問えば、
「これで勝負をつけろ」
 サエキは『ノリン提督カタヌキ』と書かれた箱を開いてみせる。
 見るからに難易度の高そうな型だ。
「……型抜き?」
 一夜にしてみれば初対面の相手だ。
 喉元まで出かかった「なんでおまえがそんなものを持っているんだ」というツッコミを、すんでのところで押しとどめる。
 それぞれの思惑をよそに、サエキは「制限時間は三分だ」と告げ、一方的にヨーイドンとスタートをきる。
 反論するまもなくうっかり型抜き菓子を持たされた那海は、かけ声と共に型を抜き始め、やがて力の入れすぎで菓子を割ってしまい、自滅した。
 完璧に抜ききったサエキが勝利を収めたのは言うまでもない。
 喧嘩の仲裁をしに来たんじゃないのかと詰め寄るシスコン二人の声は、「賞金」と手を差し出すサエキによって完全に黙殺された。
 三分も足を止めていれば、人の姿などすぐに見失ってしまうものだ。
 那海は美青年とともに姿をくらました妹を嘆き悲しみ、一夜はその姿を他人事とは思えず、にわかに慰めずにはいられないのであった。

 実のところ夏祭は初めてだというセバスチャン・スワンボートは、共に歩くベルの素行に肝を冷やしていた。
 なぜかと言えば、「え、お金ってなんだい?」と、のたまうベルが、行く先々で金を払わないままゲームや食べ物に手を付けてトラブルを起こしていたからだ。
 「待て待て待て!?」とセバスチャンが金を払えば、大抵の店主は大目に見てくれた。
 夜の灯をぬって歩く出店巡りは、騒々しくも楽しいひとときだ。
 続いてベルが金魚すくいをしようと訪れると、今日はもう店じまいだと、すげなく追い払われてしまう。
 どうやらある人物によって、金魚を全て持って行かれてしまったらしい。
 セバスチャンが他に金魚すくいをしている店はないかと視線を走らせると、思いがけず煌びやかな美青年と連れだって歩く須美の姿が目に入った。
「朝霞……!」
 動揺したセバスチャンの視線の先に須美を見つけ、ベルは全てを察して連れの腕を掴んだ。
「さあセバン、歩いて!」
 硬直したままのセバスチャンを引っ張り、須美と宗主に声をかける。
 驚いたのは須美の方で、相変わらずの二人の様子に呆れつつも、嬉そうに微笑む。
 二人はすぐに食べ物屋台を巡っていたフェイファーと意気投合し、
「あれも食ってみてー!」
 という突撃の合図と共に、片っ端から出店の食べ物を食べ続けるのだった。
 須美は道すがら見かけたバッキー型の飴細工を見つけ、その可愛さについ財布の口をゆるめてしまった。
 いつもは買わないようなものも、手にしたくなるのが祭の魔力というもの。
 はっと我に返ると、飴細工を手にする須美を見守っていたセバスチャンと目が合った。
「こ、これは美味しそうだから買っただけよ!」
 とっさに口を開けば、つい心にもない言い訳をしてしまう。

 そして同じころ、来栖香介は革ズボン、シャツ、ジャケットという黒一色の出で立ちで夜祭に興じていた。
 特に目的もなく、出店を冷やかして帰ろうと思っていれば、向かいから歩いてきた宗主に声をかけられた。
 「なんだ。あんたも来てたのか」と返せば、満面の笑みをした宗主によって、有無を言わさず連行される。
 また同じころ、気ままに出店を巡り歩いていたロゼッタ・レモンバームは、片手で食べられるチョコバナナやわた飴を堪能しながら、焼きそばやたこ焼きなど、土産になる食べ物を物色している最中だった。
 道の向かいを見やれば、大所帯で移動する宗主の姿が見える。
 どうやら小脇に抱えているのは香介であるらしいと判じたロゼッタは、
「ちょっとした余興にいかがです?」
 と、二人に射的で勝負を挑んだ。
「きみのその腕では、不利じゃないかい?」
 と宗主が問えば、ロゼッタは「上等だ」と言うなり、早撃ちで先制を仕掛ける。
 そうなれば香介も負けてはいられない。
 銃を手にするなり、高得点の的を狙って次々と得点をあげていく。
 その表情は心から楽しんでいるように見え、宗主は二人に続くべく狙いを定めるのだった。

 そんな香介の勇姿をよそに、壁に貼られている『くるたん普及委員会』のポスターを剥がしては懐に入れ、剥がしては懐に入れを繰り返している男の姿があった。
 来栖香介の熱狂的なファンを公言してはばからない、樋口智一、そのひとである。
 何でこんなにポスターが貼られているんだと悪態をつくと、
「くるたんじゃねえ! 俺の来栖はくるたんじゃねえぇええ!!!」
 と、お決まりの雄叫びとともに勢いよくポスターを引きはがす。
 任務完了と爽やかな汗を流していたところに、
「ッ何だ連呼してんのは鬱陶しいッ!」
 香介の射的の弾が、智一の眉間にジャストヒットする。
 ここはさすが香介の腕前と評するべきなのか。
 射的の主が香介と知るやいなや、智一は自らを撃ち抜いた弾さえも、それが香介の放ったものならばと固く握りしめて離さなかったという。
 さて。
 音楽家である香介を慕うのは、何も智一だけにとどまらない。
 鳳翔優姫とレドメネランテ・スノウィスは、かき氷や綿菓子を手に祭を楽しんでいる最中だった。
 あちらこちらに貼られた『くるたん普及委員会』のポスターを見ながら、レドメネランテは「優姫も入らない?」と気さくに勧誘する。
 何を隠そう、彼も普及委員会に所属しているのだ。
 喧噪を裂くように届いた智一の雄叫びに足を運んで見れば、なんと目の前に当の本人がいるではないか。
「あ、くるたんだーーー!!!」
 叫んだレドメネランテに罪はないはずだが、香介はやはり「連呼禁止ッ!」と一喝する。
 香介が『くるたん』というムービースターであると頭から鵜呑みにしていた優姫は、何と一喝されようと笑いながら
「あはは、恥ずかしがる事ないのにー」
 と、受け流す。
 馬の耳に念仏というのはこういうことを言うのだろう。
 射的の勝負中にあれこれと余計な気力を使った香介は、そうしてロゼッタと宗主の勝負に最下位で敗れたという。

 何やかんやと騒がしく過ごしてみれば、宗主一行はたいそうな大所帯になっていた。
 宗主は売られていた花火を買い込み、人混みから外れた場所で皆に配った。
 線香花火を手にささやかな光を楽しむ者もいれば、ねずみ花火やロケット花火に点火すれば、四方から歓声があがり、盛り上がった。
 買ってきた花火をあらかた片付けたところで、フェイファーが指を鳴らして皆にスイカをふるまう。
 宴もたけなわと誰もが祭の終わりを惜しんだ時、彼らの頭上でドンと力強い振動が響き渡った。

 ポニーテールにオレンジの浴衣をまとい、アルヴェスの手を引くのは神龍命だ。
 いつもと雰囲気が違って見えるのは、その髪がふわふわと軽やかになびいているからだろう。
 デザインアレンジされた向日葵の浴衣姿は、命をいつもより大人びて見せる。
 対するアルヴェスは、青から水色のグラデーションに、水紋をあしらった浴衣を着ていた。
 人混みにはぐれるまいと、命の手をしっかりと握ってついて歩く。
「ん〜、肉まんは我慢して、射的や金魚掬いとか遊んで、もちろん! 綿飴、焼きソバとか食べ物は忘れない!」
 アルヴェスが同意し、「カキ氷のブルーハワイもね」と付け加える。
 大変なことが続く日々でも、命はやはり楽しいことが好きだ。
 悲観する日もあるかもしれない。
 けれど、今、この瞬間を楽しむことも、忘れたくないと思っている。
 ぼぼんっ
 という音に顔を上げれば、空には七色の大輪が咲き誇っていた。
「わあ……! 花火だ!」
 アルヴェスは次々と花咲く夜空の花を仰ぎ、次の作戦に携わる誰もが、この打上花火を見て元気になるようにと願った。
 つないだ手のぬくもりを感じながら、ふたりはもっと良く花火が見える場所へと走った。

 屋外の打上花火に皆が顔を上げていたその時、三月薺は鶴を折るため、ひとり家屋を訪れていた。
 昼間人の姿で賑わっていたこの家屋も、今となっては閑散としている。
「そういえば、以前も短冊に願い事をしていました」
 一年前の同じころは、自身も短冊に願い事を書きに来ていたと、縁側に飾られた笹を目にぽつりとつぶやく。
 昨年は誰も傷つかない時が来るようにと願った。
 しかしその願いが叶うことはなく、大切なひとを失い、悲しんだ人々が多く出てしまった。
 ひと折り、ひと折り、丁寧に折り目を付けながら、それでも薺は祈り続けようと思う。
 数日後に迫った作戦の成功と皆の笑顔を願い、薺は煌めき続ける夜空の花を見上げた。

 やがて夜の闇が深さを増すころ。
 ゲルダは家屋に戻り、皆が織り上げた鶴をテグスに通し連ねていた。
 祭の手伝いをしていた別のスタッフも、皆そろって打上花火を見に行ってしまっている。
 祭は花火の終了とともにお開きとなる予定なので、もうここを訪れる者はいないだろうと思っていた時だ。
 さんざ祭屋台で遊んできたのだろう。
 甚平姿に、お面をあみだにかぶり、わた飴を持った出で立ちのレオ・ガレジスタが家を訪れた。
 ずいぶんな格好ねとゲルダが感心すると、
「前にみんなでお祭りに行ったの覚えてる?」
 とレオが微笑む。
 ゲルダはもちろんと頷き、
「昼間、シャノンやラクシュミ、ハルカも鶴を折っていったわ」
 と、かつて共に楽しんだ者たちの名を挙げた。
 レオも三人を思い返して微笑むと、手にしていたガラス細工の動物をゲルダに手渡す。
 なぜこれをと問い返すゲルダに、特に理由はないのだけれど、とつぶやく。
「誰かが喜んでくれたり、笑顔でいてくれるって嬉しいことだよね。あの千羽鶴も、同じなんじゃないかなあ」
 そのまま他愛のない会話を交わし、縁側から見える花火が消える頃にレオは帰って行った。
 打上花火が終われば祭の客は去るばかりだ。
 ゲルダも店じまいをしようと腰を上げると、いつ現れたのか、庭先に人影がある。
「今晩は。探索ではお疲れ様じゃったな」
 声をかけたのは座敷童子のゆきだった。
「こんばんは。先日ぶりね」
 先日の探索で共に『穴』へと降りたゆきのことは、ゲルダも良く覚えている。
 ゆきは先の出来事を思い返し、討伐戦では無茶をしないようにと言い含める。
「ゲルダが傷つけば、きっと悲しむものがおるじゃろう」
 それを、忘れることがあってはならない、と。
 先のころから、ゆきがゲルダに抱く気持ちは変わらない。
――『絶望』ではなく、『希望』を抱いていてほしい。
「……のうわしも祈らせてくれるかの。皆の無事と幸運を」
 ゲルダはその申し出を歓迎すると、自身も一緒に鶴を折り始めた。



 星祭りの翌日。
 マルパス・ダライェル率いるレヴィアタン討伐作戦の作戦会議室に、対策課を通して二束の千羽鶴が届けられた。
 一束は市外から寄せられた千羽鶴で、もう一束は祭の日に市民によって折られたものだ。
 集められた鶴は千をゆうに超え、さらに有志による鶴が集められているらしく、作戦決行までにもう一束できるだろうとのことだった。


 決戦は7月13日。
 運命の日まで、泣いても笑っても残り5日。

 銀幕市史上最大の作戦が、今、はじまろうとしていた。

クリエイターコメント 決戦を前にした忙しい時期に、57名もの皆さまにご参加いただき、誠にありがとうございました。
 七夕の日に寄せ、星祭りの情景をお届けいたします。

 願い事は叶うまで秘めるもの。と思いましたので、大切な願い事は、どれもぼかす感じで書かせていただいています。
 (といっても、一部の方はほぼそのままの文面ですが)
 この一日が、皆さまにとって少しでも楽しい記憶となれば幸いです。

 それでは、またの機会にお会いしましょう。
 レヴィアタン討伐作戦の成功と、銀幕市に住む皆さまの幸せを祈って――。
公開日時2008-07-09(水) 19:00
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